日米の生産スケジューラの動きを振り返る

ここ2回ほど、ちょっと堅苦しい内容になってしまいました。「日本のものづくりが危機状態にある原因は何か」、というテーマに戻りたいと思います。

みなさんは、「PSLXコンソーシアム」をご存知でしょうか? https://pslx.org/index.html 
この組織って、どんなのか、Websiteを覗いてみました。

[設立の動機]
・日本の生産の仕組みにあった日本発のスタンダードを確立する
・APSという新しい技術を実際に普及させ、旧来の仕組みを置き換える

[組織の発足のきっかけとなったAPS(Advanced Planning and Scheduling)]は、
・現在の製造業の管理のしくみを、根本的に変革する技術である

[コンソーシアムの目的]
本会は、生産計画・スケジューリングに関する情報記述の標準化と、それを利用した製造業のより戦略的なIT化の推進を行い、その結果、わが国の製造業がもつ世界最高水準の生産管理技術を、IT産業と製造業と学術研究機関とが協力しながら、ものづくりの技術と情報技術とが融合した“製造IT”として、今後さらに国際競争力のあるものへ進歩・発展させていくことを目的とする。

PSLXの標準規約の策定が進み、それを普及させるために、2007年、特定非営利活動法人「ものづくりAPS推進機構」が設立されました。http://apsom.org/

設立趣旨書をみてみますと、
2001年に任意団体「PSLX コンソーシアム」を設立し、・・・日本発の APSを提案してきました。・・・そしてさらに、2006年に入り、・・・より現実的で効果的な仕様を完成させました。

これまでの活動を通して、・・・APSを核とする製造業の現場と経営部門が一体となった意思決定のしくみを・・・企業の枠を超えたネットワークによって全体に普及させていく・・・必要があるという結論に至りました。

以上のような経緯から、いままでの活動を、これから特定非営利活動法人として行うことで、より社会に対して責任ある組織活動として発展させ、・・・技術や知識を広く一般市民で共有化することで、豊かで充実した社会づくりに寄与するために、特定非営利活動法人「ものづくり APS 推進機構」を設立します。

そして2021年3月に、「ものづくり APS 推進機構」は解散し、PSLXコンソーシアムは一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)へ移管されました。IVIってどんな団体なの?、と気になりますが、それは後回しにして、「ものづくり APS 推進機構」が解散した背景、理由などを探ってみたいと思います。

日本では、
2000年代初め、生産スケジューリングに関する書が相次いで発刊されました。
2000年4月、「革新的生産スケジューリング入門」佐藤知一著
2001年5月、「ザ・ゴール」邦訳 ゴールドラット著
2001年12月、「APS 先進的スケジューリングで生産の全体最適を目指せ!」西岡靖之著
(「ザ・ゴール」が生産スケジューリングとどんな関係にあるのか、については後述する)

そして「PSLXコンソーシアム」の発足が2001年7月、発起人は西岡靖之氏(法政大学教授)。こうみてみると2001年あたりが日本の“APS/生産スケジューラ元年”、という感じがします。PSLX標準規約の策定が進み、次に普及活動のため「ものづくり APS 推進機構」が設立されたのが2007年。設立代表者が西岡靖之氏。

そして、2021年3月、「ものづくり APS 推進機構」は解散。「PSLXコンソーシアム」は一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)https://iv-i.org へ移管。IVIの理事長が西岡靖之氏。PSLX、APS推進機構、IVIと常に主役は西岡靖之氏です。

米国ではどのような動きがあったのか、歴史的背景をザット、振り返ってみたいと思います。

大量生産時代に入り、生産管理にコンピュータが利用されるようになりました。必要な部品数や資材を算出するMRP (Material Requirements Planning;資材所要計画)が出現し、それに時間計画要素を加えたMRPⅡへと発展していきます。

多品種化するに伴いMRPの時間粒度(タイムバケット)の粗さが目立ち、うまく使えないケースが目立つようになってきました。そんな時(1984年)、「The Goal」が出版されます。それがきっかけにボトルネック工程だけをスケジューリングすれば良いというDBR(Drum Buffer Rope)が注目を浴びるようになります。


生産スケジューラをさらに進化させたAPS(Advanced Planning and Scheduling)という考えが出てきたのが1990年頃。

そして、視点の異なる動きも始まります。1990年からNorthwestern UniversityでMaster of Manufacturing programが始まり、生産ラインを物理現象的視点で捉えなおすFactory Physicsが取り入れられました。

一時脚光を浴びたDBRですが、1990年の後半、スケジューリングを廃止したS-DBR(Simplified DBR)に後退。DBR対応スケジューラと喧伝していた生産スケジューラベンダーも2000年に入り減り始め、2000年代後半にはほとんど姿を消しました。

生産スケジューラベンダーが姿を消した背景にはDBRスケジューリングの失敗やFactory Physicsの影響があるように思います。

一方、日本では2000年~2001年にかけて、「ザ・ゴール」の邦訳版や生産スケジューラ、APSに関連する書が相次いで出版されました。新規参入スケジューラベンダーが増え、一般のソフトパッケージベンダーの中にも生産スケジューラを取り扱う企業が一気に増えました。その勢いは今でも続いているように思います。それを支えてきたのが「PSLXコンソーシアム」であり、「ものづくりAPS推進機構」でした。

米国での生産スケジューラの衰退は日本にも影響を及ぼすのは必然です。米国から遅れること十数年、「ものづくりAPS推進機構」の解散はその表れかも知れません。これがそのまま、日本の生産スケジューラ市場の衰退につながるのか。それとも、日本独自のスケジューリング技術で生き残るのか。

「PSLXコンソーシアム」を引き継いだIVIの動きをみればわかるかもしれません。

DPM研究舎

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