統計学不在の在庫管理論の危うさ

ここ数カ月、ある在庫管理の書の著者と意見交換をしておりました。書に記述されている事柄について、私の方から質問したのがきっかけでした。結構、丁寧にお応え頂きました。その中でわかったことは、、うーん、、これって、意外に深刻な問題かもしれない、、ということでした。

この書の主張は、特に“初心者”向けに、“在庫管理をより簡単に”、というねらいで、一般的な在庫管理では在庫量を“実数”(SKU、商品単位、ケース単位、、、)で管理するところを “実数”ではなく“日数”で管理するところにあるようです。具体的には、
*1日あたり平均出荷量
*出荷対応日数
*リードタイム日数
*在庫日数
*安全在庫日数
*発注点は「〇日分」
*発注量=1日あたり平均出荷量×在庫日数

とことごとく“日数”でいうんです。
「“実数”で管理するより“日数”で管理する方がわかりやすい」
確かに、そのような“感じ”がします。初心者にとっては受け入れやすい説明なんでしょう。この考え方を“日数基準”と仮称しておきます。

しかし、書を読んでみると、「なんか、変だな?」と思うところがところどころに出てくるんです。例えば、
倉庫を集約しても在庫は減らない
リードタイムと在庫量は無関係
「1日あたり平均出荷量」で売れ行きの変化をつかむ
出荷がない日は「平均出荷量」の計算対象から除く
など、ですが、その他にも、たくさんとは言わないまでも、結構ありますね。

項目ごとに質問いたしました。私が知りたかったポイントは、「“バラツキ”をどのように捉えているのか」、でした。で、わかったことは、著者は“バラツキ”に対しての関心はあまりない、ということです。本書全体をみても“バラツキ”に関する説明はほとんどありません。

“バラツキ”の性質は統計学で議論されています。本書には統計学をベースにした説明がないんです。私が聞きたかったのは統計理論に基づいた説明だったんですが、、。

実は、こう言う私も、統計学はずぶの素人。統計学をきちんと勉強したことはありません。といっても、統計学と全く縁がなかったかといえば、そうではありません。

私は長い間、工場でものづくりを担当していました。ある時、品質管理グループに配属されました。そこでは、出荷品の品質保証のため、抜き取り検査をしていました。抜き取り検査の方法はJISで設定されていて、検査表の使い方がわかれば、AQL(合格品質水準)が何%なら抜き取り数は○○とすぐわかります。統計学の知識は不要です。

そのうち、生産工程の品質管理体制の構築にチャレンジしました。工程品質を管理するため x ̅-R管理図 を用いることにしました。マニュアルに従って、データを集め、UCL(上方管理限界線)、CL(中心線)、LCL(下方管理限界線)を設定し、、、というあたりから、統計学に接するようになりました。データの分析にヒストグラムをつくり、平均、分散、標準偏差という言葉を使うようになりました。さらに、相関図、実験計画なども試してみました。

しかし、統計学そのものを勉強したわけではありません。実務に必要な部分から統計学に接しただけです。ですから、統計学については素人の域を出ません。

そんな私の統計学のレベルからみて、本書の著者の統計学のレベルはさらに低く見えるわけです。ほとんど、統計学には接してこなかったのではないか、と思われます。著者はどうやら“物流業界”の方のようで、物流業と製造業との違いがあるのかもしれません。

戦後の日本の製造業の復興に品質管理が果たした役割は大きかったのではないかと思います。QC活動、TQM、最近ではシックスシグマと名称は変われど、背後には統計学がありました。品質管理の本をみても違和感を感ずることはほとんどないのは、それを支える理論があり、衆知されているからなのではないか、と思っております。

在庫管理に目を向けると、どうでしょうか。在庫管理も、“バラツキ”がなければ四則演算で事足ります。しかし、“バラツキ”のない在庫管理の環境って、あるでしょうか。実際の在庫管理では“バラツキ”を避けて通ることはできません。“バラツキ”を扱う統計学の基礎知識なしに在庫管理論を宣(のたま)うことはできないんだと思います。

在庫管理になぜ、統計学が無視され続けているのか、不思議なぐらいです。工場では、品質管理も在庫管理もオーバーラップする領域で行われています。品質管理では統計学をベースにした議論が行われているのに、隣の在庫管理者は統計学の話はあまりしない。

今回取り上げた在庫管理の本以外にも在庫管理の書はたくさんあります。Websiteもたくさんあります。そちらに視野を広げてみますと、中には、統計学をベースにした在庫管理論を展開している本もあります。待ち行列理論やOR(オペレーションズ・リサーチ)の応用領域として在庫管理に言及している書もあります。ですが、それらは少数。多くの書は論理的正確さに欠けるものが多いように思います。

取り上げた書はその典型ではないでしょうか。“日数基準”は一見、日常の管理に沿ったわかりやすい在庫管理の方法だと思われるようですが、統計学からみれば何のメリットもありません。オペレーションを煩雑にして余分な在庫を増やすだけです。この“日数基準”をベースとした在庫補充法を本書では“不定期不定量発注法”と呼んでいます。そしてこれが「最も変化対応力の強い“不定期不定量発注法”」だ、と。まったくの虚偽です。

さらに問題だなと思うことは、“日数基準”なる錯覚的誤認が長いこと(20年ぐらい?)世に受け入れられてきたことです。この考え方は好意的に受け止められ、他の在庫管理コンサルタントや教育機関でも採用されています。統計学にちょっと接した私でも見抜ける誤認を、在庫管理を専門とする御仁が見過ごす。見過ごすどころか、好意的に受け取る現状をどうみればいいのか。失われた10年が20年になり、30年を超える製造業の停滞。その一因となっているとしたら、忌々しき問題ではないでしょうか。

尚、この書に対する解説を当Website
“ものづくり徒然草” https://www.tocken.com/kandan.html
で順次、公開してまいりたいと思います。統計学不在の在庫管理論の危うさを感じ取っていただければ幸いです。

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