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No.92 日本の生産管理;放っておけない異質性

yaruzo_callDXの波が押し寄せる昨今、現在の日本の“工場管理・生産管理のパラダイム(論理的枠組み)” を見ると、ガラパゴス化した “紙・ハンコ文化” と共通する部分があるような気がします。

現在、日本に定着している “生産管理のパラダイム” って、どんな感じでしょうか。 “紙・ハンコ文化” は日本独特ですので、欧米との比較は容易ですが、 “生産管理のパラダイム” という切り口で比べて、何か差があるのでしょうか。

日本の “生産管理のパラダイム” と、例えば米国のそれとに、どのような差があるのか。グローバル化した昨今、生産管理の違いといっても、ピンときませんね。このテーマを思い付いたきっかけは、DX。DXの波に乗るのに、日本のパラダイムが有利か、欧米のパラダイムが有利か、、。まっ、たわいないことだったんですが、、。ちょっと、難解なテーマを選んでしまったようです。

“紙・ハンコ文化” がDXの障害になる懸念があるとすると、日本の ”生産管理のパラダイム” も同じようにDXの障害になりはしないか。今や失われた30年が40年に、50年になり、、そのうち中進国へとなり下がる、、。単なる杞憂でしょうか。いや、もしかしたら根本的、根源的な欠陥が内在しているかも、、。うーん、やっぱっ、難解なテーマですねぇ。

かつては製造大国といわれた日本。それを支えた主役はトヨタ生産方式。なら、日本の製造企業はトヨタ生産方式に切り替わったか。その恩恵を受けた企業があったことに疑いの余地はありませんが、 “切り替わった” という状態からは程遠く、成功事例は極一部。うまくいかなかった企業の方が圧倒的に多いことは、今や、周知の事実ではないでしょうか。

米国では、1980年代にマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らがトヨタ生産方式を研究し、その成果をリーン・プロダクション・システム(LPS)として再体系化・一般化しました。MRPを中心に進化してきた工場管理に新たな手法・フィロソフィーが加わり、論理的枠組みの範囲が広がり充実してきたようにみえます。

生産管理の体系;中央集権的計画基準

18世紀、産業革命が英国で始まり、19~20世紀初めに、米国で大量生産が始まりました。象徴的なのはT型フォード。生産車種は1車種、色は黒だけ。景気の変動はあったものの、おおむね売り手市場。造れば売れました。企業の上層部がつくった生産計画に従う中央集権的生産統制が行われていました。生産計画が生産活動の基準。生産計画通り生産することが絶対的な基準です。

その後、多様化が進み、生産車種も増えていきましたが、生産計画基準のパラダイムは変わることはなく、むしろ、強化されていきました。

戦後の復興に、日本が取り入れたのが米国の管理手法。よく知られた品質管理だけではなく、生産管理や販売管理などなど、様々な管理手法が取り入れられました。PDCAの管理サイクルは、あらゆる管理に共通します。そのはじめがP(Plan)、つまり計画です。計画なしでは管理は成り立ちません。中央集権的計画基準の生産管理は、そのまま、日本でも取り入れられ定着し、今尚、管理の絶対的真理となっているように思われます。

大量生産から多品種少量生産への移行;トヨタ生産方式の導入

工場管理・生産管理の基本は欧米流を取り入れた日本ですが、壁にぶつかります。造れば売れた時代から、売れる分しかつくってはいけない時代へと移り変わります。変化は突然やってきました。バブルの崩壊です。とにかく、つくれつくれの時代から、売れるモノしかつくっちゃいけない時代に入ると、中央集権的計画基準の生産管理は機能しなくなります。

そんな中で、トヨタ生産方式が脚光を浴びます。トヨタ生産方式に対するアプローチで、日本と欧米で大きな違いがありました。

先にちょっと触れましたが、欧米諸国がトヨタ生産方式を取り入れた方法は、マサチューセッツ工科大学の研究者らがトヨタ生産方式を研究し、再体系化・一般化したリーン・プロダクション・システムとしてでした。欧米文化の基礎となっている科学的方法論で再構築して、普遍化したわけです。

では、日本では、どのようなかたちでトヨタ生産方式が広がっていったんでしょうか。象徴的なものが、NPS(ニュー・プロダクション・システム)です。

「電気製品や蒲鉾も自動車と同じ生産方式(トヨタ生産方式)で行えば、合理化が出来る」

という考えのもとに、ウシオ電機、オイレス工業、紀文食品、、、などが中心となって、1980年代初めに発足しました。 “異業種にトヨタを導入する” 。支援したのが、元トヨタの鈴村喜久男らトヨタ出身者。NPSの企業集団は、日立、松下、トヨタなどの企業集団を追い越すのではないか、という期待も。

NPSの指導の一端を「NPSの奇跡」(篠原薫著、東洋経済新報社、1985年10月発行)から引用してみたいと思います。

[210ページ]
社長すら面罵されるぐらいだから、NPS指導員の現場での指導は厳しい。たとえば、日本軽金属の蒲原工場を何度目かに訪れた鈴村実践委員長は、その巨体を揺るがして、真っ赤になって工場長はじめ現場の幹部を大声で怒鳴りつけた。「何だこれは。この仕掛の山は。この前来た時に、整理するようにいったのにどういうことだ!」というと同時に、仕掛の山を足で蹴飛ばした。蹴飛ばされた仕掛の山は音を立てて崩れ、床に散乱。しかも、鈴村はやにわにかぶっていたヘルメットを脱ぎ、これも力いっぱい床に叩きつけたのであった。工場長はじめ、幹部が真っ青になったのはいうまでもない。鈴村も、しばらく仁王立ちになったまま動かない。

1990年代初め、バブルが崩壊し、それまでの大量生産方式ではどうにもならなくなった日本企業はトヨタ生産方式に救いの手を求めました。ソニーも例外ではありませんでした。

私がソニー在籍当時の経験談をお話ししましょう。 “自由な発想” と “理” を重んじる社風に逆らって、PEC産業教育センター(現株式会社ペック協会)指導の “生産革新” が全社的に導入されました。 “生産革新” は、トヨタ生産方式をベースにした改善活動ですから、 “自由な発想” と “理” を重んじる社風に逆らって、という表現は分かりにくいかもしれません。トヨタとソニー。戦後日本の製造業の発展を牽引した企業の代表。違いよりも共通点の方が多い、という印象が強いんじゃないでしょうか。でも、トヨタ生産方式の導入となると、話がちょっと、違ってくるんです。

“生産革新” の改善日。山田先生(山田日登志)のお迎えです。工場の玄関前で工場幹部他課長、係長、班長、、らが長い列をつくり、大声で

「よろしくお願しまーす」

ソニーの社長が工場訪問するときでも、そんなことはしたことありません。

改善活動が始まる前には、儀式があります。次の ”3つのことば” を、あらん限りの声を出して叫ぶんです。(やるぞコール)

「今日こそ俺はやるぞー」

「やるぞー、やるぞー、やるぞー」

「やってみてから考えろー」

声が小さいと、「もういっか~い」。それでもだめだと、「声が小さ~い。もういっか~い」と、続く、、、。今では、ブラック企業と見間違えられそうですが、当時は世の中がみんな暗かったので、企業が少々暗くても目立たなかったのかな。ソニーも“ブラック”ぽかったんですね、当時は。

トヨタで、こんなふうにやっているなんて聞いたことがありません。山田流トヨタ生産方式は、トヨタのトヨタ生産方式とは違うのか、、、。ずーっと、疑問でした。山田日登志氏の座学講座も何回か聴講しました。トヨタ生産方式でおなじみの “単語” に交じって、 “レイゾウコ” とか “カイモノ” とか、“人をつくる” とか “やる気” とか、山田流が混じりますが、この辺りまでは、まぁ、いいでしょう。が、生産管理の話になると、 “生産計画に縛られるな” とか “コンピュータは取っ払え” とか、ちょっと過激になってきます。で、生産ラインの基本特性に関しての説明は、 “皆無” でした。

右肩上がりの時代の惰性で生産していましたので、どの工場も仕掛・在庫の山。声を大きく張り上げただけで、仕掛・在庫は瞬く間に減るんです。が、すぐに頭打ち。しばらくすると増加に転じます。計画と実際の生産との乖離問題は一向に改善されませんでした。今考えてみますと、山田流トヨタ生産方式とトヨタのトヨタ生産方式とは、まるで別もの、だったんだなぁ~、、。

欧米がトヨタ生産方式を、科学的論拠を基本に組み立て直したニュー・プロダクション・システムをベースにしたのとは対照的に、日本のトヨタ生産方式の普及方法は、NPSや山田流トヨタ生産方式でみるような権威主義的、精神論重視、軍隊式、属人的で理論はなし、、。

トヨタ生産方式の導入方法、指導法はNPSや山田流がお手本となり、日本中に広まることになります。最近では、だいぶ “穏やか” になったようですが、 “やる気” を重視した軍隊式は昔のまま。株式会社ペック協会もご健在のようです。

Factory Physics

米国では、もうひとつ、別の動きがありました。生産ラインの特性を物理的、工学的に捉え、工場経営・管理の基礎にしようとする動きです。

1990年、米国Northwestern UniversityでMaster of Management in Manufacturing (MMM)というカリキュラムが新設されました。教科書として
Factory Physics;Hopp、Spearman著
が使われました。

科学的アプローチでトヨタ生産方式を再構築したリーン・プロダクション・システムに加え、一般的な生産ラインの特性を物理的、工学的にまとめ直し、より普遍的な工場管理、生産管理の科学的基盤が加わりました。そのカリキュラムが大学に設置されたことで、産業社会の知的ベースが充実していったのではないか、と考えられます。

日本の生産管理の異質性

このようにみてきますと、 “紙・ハンコ文化” に劣らず、 “生産管理のパラダイム” も日本独特だ、ということがわかります。

欧米が科学的、物理的、工学的、論理的であるのに対し、

日本は権威主義的、精神論重視、軍隊式、属人的で理論なし。

旧日本軍のはなし、、ではないんです。

これっ、放っておけますか?